7/30(水)発売のBlu-ray Disc BOXに封入される特典【原作者・菊石まれほ先生書き下ろし短編小説】。13ページに及ぶ短編小説の冒頭を一部公開しました!
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「ヒエダ。急だけれど、ガナッシュをメンテナンスへ連れていってもらえないかしら」
九月上旬。エチカは定期研修のため、リヨンにあるインターポール国際刑事警察機構内の電子犯罪捜査局本部を訪れていた——午前で研修を終えた直後、電索課にあるトトキ課長の専用オフィスへ呼び出されたのだ。オフィスチェアのトトキは、今日も長い黒髪を一つに束ね、規律正しいグレースーツ姿だった。彼女は憂うように、デスクに置いたペット用キャリーを一瞥する。
プラスチックの扉越し——スコティッシュフォールドのガナツシユ機械猫が、ぐるぐると回り続けているではないか。
エチカは戸惑いを隠せない。「一体どういうことですか?」
「今朝からこの調子なの」トトキは普段の鉄仮面はどこへやら、非常に顔色が悪い。「七月にボディを新調したせいかも知れない。メンテの予約を取ったんだけれど、急な会議が入ってしまって……フォーキン捜査官やビガも手が離せないのよ」
「二人の研修も午前までのはずでは」
「実は今朝、裏のテット・ドール公園で女子学生の他殺死体が見つかった。支援課が捜査を担当することになって、二人も駆り出されたというわけ。私たち電索課の出番はなさそうだけれど」トトキは大事そうにキャリーを撫でて、「とにかく、誰にでも預けられるわけじゃない。かけがえのない『家族』だもの」
「はい」エチカは妙な緊張を覚える。「ええと、分かりました。リヨン市内の工場ですね?」
「本当にありがとう、マップを送るわ。今度何かご馳走するわね——」
そうしてエチカは、トトキからガナッシュが入ったペット用キャリーを預かり、オフィスを後にした——〈E〉事件において、ガナッシュのボディは爆発で吹き飛んだ。阻止できなかった身として責任を感じてきたし、もしボディの新調が不具合の原因ならば、尚更断れない。
にしても——トトキは愛猫を溺愛しているだけに、とんでもなく重大な仕事だ。
「ルークラフト補助官に伝えておかないと……」
エチカは脳内のユア・フォルマに指示を出し、新規メッセを作成する。研修についてきたハロルドは、本部内のカフェテリアで休息しているはずだ——ものの数秒で返信があった。
〈あなたは午後は休みでは? もしよろしければ、私がお引き受けしましょうか〉
〈どのみち予定はなかったから。きみは街を観光してもいいし、ホテルへ戻ってもいい〉
〈分かりました、行きたい場所を探してみます〉
彼に勧められそうな観光先を検索しながら、エチカはエレベーターに乗り込み、地上階のエントランスへ降り立つ。建物の外へ出たところ、背後から思い切り肩をぶつけられ、ふらついた。「失礼」慌ただしく別の部署の捜査官が去っていく——うっかり、作成中のメッセを削除してしまった。ああもう、やり直しだ。
エチカはやや気が滅入りながらも、駐車場に入っていく。ふと、シェアカーの前に佇む人影が目につく——見慣れたアミクス・ロボツト機械仕掛けの友人の相棒ことハロルドだ。相変わらずうんざりするほど完璧な風貌で、計算高く跳ねたブロンドの髪が、ローヌ川から吹き付ける風に揺れている。
何故ここに。「今、きみに観光先の候補を送ったはずだけれど?」
「ええ、拝見しました」ハロルドはにこやかに近づいてきて、「ですが折角なので、今日はあなたと一緒にガナッシュのメンテナンスを見学しようかと」
「ありがたいけれど、そういう気遣いは要らない」
「一人で観光に出かけるよりも、『友人』と過ごすほうが有意義です」
「過ごすも何も、メンテが終わるのをぼんやり座って待つだけでしょ……」
「ガナッシュにはどのような不具合が?」
エチカは嘆息を呑み込んだ。こういった時、彼が言うことを聞かないのは承知している。
「どうも止まっていられないみたいなんだ。今もほら、こんな感じでずっと回り続けて——」
致し方なく、手にしていたペット用キャリーを持ち上げてみせる。そういえばいつの頃からか、妙に軽い気がする——などと考えていたら、ハロルドが突如、深刻な面持ちに変わった。
「エチカ。ガナッシュはどこに?」
「え? だからここに……」
エチカは言いながら手元を確かめ、
ペット用キャリーの中身が、蛻の殻であることに気付く。
「————!」
声にならない声が喉から迸る——数分前にトトキから引き受けた際は、確かにここに収まっていた。しかし今や、プラスチック製の扉が無防備に開いているではないか。待て待て待て。
「どうやら脱走したようですね。先ほどまではここにいたのですか?」
「間違いなく。どうしよう、もしトトキ課長が知ったら——」
——『誰にでも預けられるわけじゃない。かけがえのない「家族」だもの』
エチカはトトキの言葉を反芻し、強烈なめまいに襲われる。
ガナッシュのボディが爆破された当時も、彼女は半狂乱だった。もし一度ならず二度までも、愛猫の身に何か起こったとなれば……。
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